「輝く今日を見つめて」2018.2.26

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インスタントラーメンの生みの親・安藤百福氏。
 
 安藤百福氏は1910年に生まれました。幼い頃に両親を亡くし、呉服店を営む祖父母の下で商売の現場を間近で見ながら育ったせいか、独立心と事業意欲が強く、22歳の時にメリヤスを販売する会社を設立し、大成功を収めます。時代の流れをいち早くキャッチして、すぐに事業化するベンチャー精神と失敗しても諦めないバイタリティーはこの頃から芽生えていたようです。
 そして、どんな事業も「何か人の役に立つことはないか、世の中を明るくする仕事はないか」という安藤氏の確固たる信念の下に行われていました。安藤氏はそれから数多くの事業を手がけていくのですが、まもなく戦争になります。食糧難になった日本では栄養失調のために行き倒れになる人が後を絶たず、それを見た安藤氏はやはり「食」が大事、食がなければ、衣も住も芸術も文化もあったものではないということを強く意識するのです。
 そういう意識が根底にあったせいかどうかは分かりませんが、1957年に安藤氏が理事長を務めていた信用組合が破綻し、全ての財産を失うのですが、その時に食糧難に喘いでいた日本を救いたいという一心でインスタントラーメンの開発に乗り出すのです。
 
 しかし、開発は簡単ではなく、一日4時間という睡眠時間で丸1年間たった一人で休むことなく研究を続けたそうです。開発にあたって、?美味しくて飽きが来ない味?家庭で常備できる保存性?調理が簡単?価格が安い?安全で衛生的の5つの目標を立てたそうです。その成果もあって、1958年8月25日に世界初のインスタントラーメン「チキンラーメン」が発売されました。
 当時はうどん玉1つが6円の時代にチキンラーメンは35円でしたので、問屋は仕入れを渋ったそうですが、美味しくて便利ということで、問屋に注文が殺到し、問屋のトラックが工場前で列をなして出来上がりを待つほどの大ヒットになったのです。
 
 現在ではインスタントラーメンの総需要は世界で1000億食を超えるまでになり、誰しもが一度は口にしたことがあるといっても過言ではないと思います。96歳でその生涯をを終えるまで「クリエイティブな発想」と「最後まで諦めない執念」を持ち続けていた安藤氏ですが、安藤氏の志がなければ、インスタントラーメンはこの世に誕生していません。
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